三河路の名所 八丁味噌の郷を訪ね、昔ながらの味噌蔵を見学

今川義元の家臣であった早川新六郎勝久は、桶狭間の戦いで今川が敗れた後、 岡崎の寺へと逃れ、武士をやめ、名を久右衛門(きゅうえもん)と改めました。久右衛門は寺で味噌造りを学び、数代の後、現在の場所である岡崎市八帖町(旧八丁村)へと移り1645年に業として八丁味噌を造りはじめました。 その後、現在まで場所を変えることなく伝統製法で造る味噌を守り続けています。

今回は日本ではもうここしか残っていないという、昔ながらの味噌蔵を訪ねて来ました。

八丁味噌を育む気候風土

八帖町は愛知県岡崎市の西端にあたり、四季を通じて温暖な太平洋岸式気候の場所で、西からみると矢作川を越えた平地にあります。南東から北北東にかけては山が半月状に平地を囲んでおり、夏は東南東の風が吹き、それ以外の季節は北西の風が吹きます。

夏は名古屋よりもやや過ごしやすく、冬は雪が積もる頻度が少ない地域です。 八帖味噌は天然醸造のため、このような気候風土の影響をうけ、地域の微生物群が関与することにより、独特の風味が生み出されます。

また、八帖町は矢作川、伊賀川、乙川、早川に挟まれた湿潤な気候で、このような環境にも耐えられる安定した品質の八帖味噌の製法が確立されました。

名の由来

徳川家康が誕生した岡崎城より西へ八丁(約900m)歩いてきたこの辺りは、昔 ”八丁村”という名でした。その八丁村で造られる味噌なので八丁味噌という名がつきました。

八丁味噌のできるまで

材料:大豆・塩・水

① 大豆を選別して水洗いする。

② 大豆を水に浸し水分を適度に含ませる。

③ 巨大な蒸し器である甑(こしき)で蒸し上げる。

④ 粗く潰して大人の拳大くらいの大きさに丸める。

⑤ 丸めた味噌玉の表面に麹カビの胞子をつけ発酵させる。

⑥ 発酵の終わった味噌玉(豆麹)に塩・水を混ぜ合わせて仕込む

⑦ 6尺(約1.8m)前後の杉の木桶に約6tの味噌を仕込み、職人が約3tの石を積み上げる。

⑧ 二夏二冬(2年以上)手を加えず自然のまま(天然醸造)でじっくり寝かせる。

仕込みは      

上のように、杉でできた6尺(約1,8m)前後の木桶に、豆こうじ、塩、水を混ぜ合わせたもの6トン程を、職人が木桶の中に入り、均し、踏み固め、また均す。

この単純作業が八丁味噌造りの基礎となります。余分な空気を抜き石積みの土台を造ります。空気が抜けた感覚は足の裏で分かるといいます。職人の技であります。

重石を積む

その上に大小350個前後の川石を組み合わせて、山のごとく円錐状に積み上げ重石とし、木桶全体に水分を均等にいき渡らせます。少ない水分を味噌全体に行き渡らせるために必要な重石の重量はおよそ3トンで、仕込んだ味噌の重量の2分の1程にもなります。

石は職人の手により、形の異なるものが、均等に圧力が加わるよう丁寧に積み上げられています。石積みには10年ほどの経験が必要だそうで、一つが約60kgの石をどの角度から見てもバランスよく円錐状に配します。この重石は過去の大きな震災にも崩れたことはありません。

そしてこのまま二夏二冬じっくり寝かせることにより、大豆の旨味を逃さない、硬い味噌、『八丁味噌』ができあがるのです。

ちなみに、貴重な矢作産大豆を使ったビンテージ物の味噌として五夏五冬寝かせる『五年熟成八丁味噌』も一桶だけ造ります。この味噌は、色も味も普通の八丁味噌より更に黒く、旨味も凝縮された物となっています。その分値も張りますが・・。

日本でここだけ

豆麹味噌の天然醸造の味噌蔵は、今や、日本で唯一この「カクキュー」と隣の「まるや」のみです。どちらの味噌蔵も中に入るととても良い香りがします。これは味噌蔵の微生物の醸す香りで、それぞれの蔵で香りは異なります。また蔵の中に住み着く微生物の種類も異なります。

味は、風味は

八丁味噌は煮込んでも風味が飛ばない味噌で、むしろ煮込む分だけコクが出てきます。寒い季節には味噌煮込みうどんとか味噌おでんなど、煮込み料理に最適な味噌です。また旨味も強く、そこに少しの渋みと酸味が特徴で、甘味はほとんどないためここに米麹味噌を加えることによって、甘さが加わり飲みやすい『赤出し味噌』となっています。

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